ぷらすちっくな言語SPEIL -人文学、ボードゲーム、合成樹脂-

コンクリートジャングルで合成樹脂のささやきに耳を澄ませるさらりーまん。ボードゲームとSFを好みます。

たほいや会、自由主義とたほいや、今期レビュー

たほいや会の告知も兼ねつつ前々からぬるっと考えていることを。めんどうと思う方は下の方の今期のお手軽レビューだけでも。

 

月に一度、中津で広辞苑を使ったアナログゲームたほいや」の例会をやっています。

ちなみに、3月の開催は3/28の開催となりました。

twipla.jp

2015年の中津ぱぶり家オープン時から地道に月イチ開催なので結構な回数をやっていますね。

自分で定例会を開催するのは、ただ純粋にたほいやが好きでやってて楽しい(にもかかわらず他に定例会をやってるとこがない)っていうのが第一なんですが、バックグラウンドには学生の頃に読んだ土屋惠一郎の本の一節に強く惹かれたというのがあるんですよね(ちょうどマイケル・サンデルが流行って、「無縁社会」がメディアで騒がれていた頃ですね)。

 

正義論/自由論―寛容の時代へ (岩波現代文庫)

正義論/自由論―寛容の時代へ (岩波現代文庫)

 

 

土屋自身も孫引きしてたかと思うんですが、概要は以下の様な感じ。

秩父事件を例にして、秩父事件で中心的な役割を果たした人たちというのは、秩父周辺の連歌会のコミュニティだったそうで、連歌のような他者との共感に根付く文芸とか創作活動の集まりがリベラルな精神を涵養し、他者への困っている人々の救済、社会的不正に対する異議申し立ての原動力となりうるんだ云々。

 僕自身なにも武装蜂起とかしたいわけではないですが、豊かな社会っていうのはよりいろんな人が生きやすい社会ってことだと思うんですが、そこには他者への共感ってものが不可欠ですよね。逆を言うと、全体・国家主義的な発想というのは、他者へ共感する回路を遮蔽することではじめて、無慈悲に全体・国家のために他者・弱者を切り捨てることが可能になるわけで。

他者への共感にっていうのは文脈把握につながるわけですが、連歌が成立するには上の句の意図を読み取った下の句が必要不可欠なわけです。他者とコミュニケーションを行う上では相手の言葉をよくよく理解し、その意図(言外のものも含めて)を読み解く、そしてそれに適切な応答を返す。ある種このコミュニケーションにおける当たり前のプロセスを高度に洗練させ、遊戯化したのが連歌だと言えるかもしれません。

いずれにせよ他者への共感、文脈理解といった要素から構成される人文知・リベラリズムの基礎体力的なものを涵養するのに適していたのが明治維新の頃だと「連歌」だったわけです。当時でもすでにそれなりにハイカルチャーだったのではないかと思いますが、中世のころにはそれなりに大衆的?な娯楽であったのではなかろうかと。

では、現代においてそれに類するようなポテンシャルをもったものは何かなと考えると、ぱっと思いつくのが大喜利、そして、このたほいやかな、と。

ここでいろいろ書くには僕自身の考えもまとまっていないのでまたの機会に。

 

今期のレビュー。他にもいろいろ見ているのですが突起すべきものをピックアップ。

 

ダーリン・イン・ザ・フランキス

久々に期待できそうなロボットアニメ。コヤマシゲトデザインなので某銀河美少年風味が強い。ある種のディストピアものでもあるのかな。これまでのところ、せっかくのトリガーなのにあまり戦闘でわくわくする展開に乏しいかなという印象。

 

ゆるキャン△

安定のきらら枠。キャンプだけでストーリーテリングしていくのも難しかろうかと危惧していたけれど、杞憂に終わる。

教訓めいた挫折と成長的な物語の起伏というのは必要じゃなくて、ありふれた日常を肯定する、という「ゆる」と名乗りながらも、易きに流されない強い意思を感じる。

 

ヴァイオレット・エヴァーガーデン

京アニの作画が素晴らしい。だけではないアニメ。

こういうわかりやすく業を無自覚の内に背負った主人公ってのは嫌いじゃない。

機龍警察がアニメ化される折には、ライザは石川由依がいいんじゃなかろうかなどとおもふ。

 

宇宙よりも遠い場所

宇宙と書いて「そら」と読む。女子高生4人組が民間南極観測隊の一員として、南極を目指す。あまり注目してなかったけど、この作品こそ今期のダークホース。エモい。

 

ハクメイとミコチ

こちらも派手さはないけど「やさしい世界」にほっこりできる掘り出し物的物件。