急がばしゃがめ

コンクリートジャングルで合成樹脂のささやきに耳を澄ませては目を回す。人文系だけど高分子材料でご飯食べてます。。SF読んだり、ボードゲームに遊ばれたり。一児の父。

チャレンジャー号のOリングと燃料ポンプのインペラ――『解放されたゴーレム:科学技術の不確実性について』から

ハリー・コリンズ、トレヴァー・ピンチ(平川秀幸村上陽一郎訳)『解放されたゴーレム』を読みました。

科学や技術を「力持ちだが、危なかっしい」ゴーレムに見立て、その不確実性が顕在化した事例を7つの章立てで紹介しつつ、それらの価値中立や絶対的なベールを剥がしていく。。


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honto.jp

 

2001年に出ている『迷路の中のテクノロジー』の改題・文庫化。ややこしい話、改題した結果、原題に近い邦題になっています。原書は1998年に出版されているのですが、チャレンジャー号打ち上げ失敗やチェルノブイリなどいずれも同時代的なテクノロジーにかかわるトピックスを扱っている。ジャーナリズム的にはタイムリーではないけれど、アカデミズムの世界では十分すぎるくらいタイムリーで当時はとても刺激的な本だったことだろう。いまでも科学技術社会論(STS)の教科書として十分に通用する読み応えのある内容で、2020年に文庫化されるのも納得。願わくばこういうのの21世紀バージョンを読みたいと思う次第。

 

それはそうと材料屋として非常に興味深く読んだのはチャレンジャー号の打ち上げ失敗の問題。

異例の冷え込みの中で打ち上げを強行したがために、Oリングが低温下で弾性を失ってしまい、液体燃料のシールができなくなったため…

というのは比較的よく知られている話かと。

 

そして、打ち上げ前日にロケットメーカーの技術者がNASAに上記リスクをふまえて打ち上げ延期を進言したにもかかわらず、NASAはその進言を聞き入れず打ち上げを強行した…(さらにはNASAの強行には次の大統領選挙で再選を企図したレーガン大統領側の意向が働いたとも言われているが…)

というのが俗説だけれど、こちらの本によると事態は遥かに複雑。

ロケットメーカーだけでなく、NASA側も数年前からOリングのシール性の課題を把握していたのだという。まあよくよく考えれば、ゴムは低温下、すなわちTg=ガラス転移点以下で弾性を失うのは有機材料やっている人には常識中の常識。それをNASAのエンジニアが知らないはずもなく…

だからこそOリングは二重に設置されており、打ち上げまでに繰り返しそのシール性が十分に機能するかを試験で確認していた。そして、極低温下でもシール性が担保される、シール性を高めるために外側からの締め付けを強化するなどの措置もとられ、さらには仮に1つ目のOリングが機能しなくても2つ目のOリングでシールが担保されるという保険もあった。

まあ結果的に打ち上げ失敗しているわけなんでアレですが、世間で広く信じられているようにOリングに関するリスクが無視/看過されたわけではなく、リスクとして認識された上で工学的な検証を重ねた結果として許容可能なリスクと判断されていたのである。

一見にして寒冷下でOリングが機能しなかったというのはいかにもそれらしい説得力があるけれど、よくよく考えればそんな基礎中の基礎、NASAがストレートに見逃すはずもないという。

思えば最近もこんなことあったよなと想起したのは、デンソーの燃料ポンプの大規模リコール。日経あたりで業界通らしき人物のコメントとして、「原因はインペラの成形時の低金型温度による樹脂の結晶化不足→燃料の膨潤→他部材に干渉して動作不良」などと一見もっともらしい見解が述べられているが、天下のデンソーがそんな金型温度と樹脂の結晶化度の関係というようなこれまた常識中の常識を知らないはずもなく、また(小改良はあれど)燃料ポンプなんて上市から何十年と経った製品で、さらには結晶化不足の原因とされる金型温度も、デンソーじゃないにしても自動車業界において自動車メーカーなりTier1というような大手部品メーカーであれば外注先の成形条件まで管理していることが当たり前であるだろうから、こんな凡ミスが原因というのはありえないように思われる。もっと他に原因があるだろうが、それは公表・言及できない類のものではないだろうか、と邪推せずにはいられない。

 

原因究明はロケットだろうが燃料ポンプだろうが工学的にきっちりとなされていることだろう。

とはいえ、公金がたんまり投入されているロケット開発の場合は情報公開がなされるが、自動車の燃料ポンプであればそれは一企業の問題になってしまうのでそれがおおっぴらになることはないだろう。

 

ちなみにチャレンジャー号の事故原因はこの本の段階では、低温が原因というよりも、シール性を担保するために外側から締め付けを行っていたことが原因とされているらしい。因果なものであるけれど、製造業に身をおく人間としては不具合・不良対策が(期せずして?想定を上回って)新たな不具合を引き起こすということはあるあるだと思うので笑えない話だな、と。

 

いずれにしてもいい本だと思うので、この本の前身にあたる本は文庫化はされていないようだけれど、旧版でよもうと思った次第。