ジョコビッチは食用コオロギの夢を見るか―肉食の倫理
最近、知人からこんなものを紹介されました。
コオロギが地球を救う?コオロギせんべい(無印良品)
https://www.muji.com/jp/ja/feature/food/460936
みなさんも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。来たるべき食糧危機の時代に備えてどこか人里離れた土地で正義の科学者が昆虫食の研究に明け暮れている、と。
このコオロギせんべいなる商品、食用コオロギことフタホシコオロギの粉末を入れているとか。肝心のお味は「香ばしいエビ」のような味と。
このサイトには『「エビは海の昆虫、コオロギは陸のエビ」とも言われて、生物学的にも近しい関係です』なんて書いてあるけど、さも業界(昆虫食界隈?)では常識みたいな風なこと言ってるけど、一般人はそんな言い回しは初耳でしょう。
兎にも角にも昆虫食は栄養価が高く、飼育時の環境負荷も小さい(以下図参照)となれば経済合理性でいえばすぐれた食材なんでしょうなあ
などとコオロギせんべいを遠い目をして眺めていた僕ですが、そんなことも言っていられない事態に。
それは、比較的最近でた応用倫理学の教科書的な一冊、児玉聡『実践・倫理学 現代の問題を考えるために』を読んでいて。児玉聡の師匠にあたる加藤尚武『現代倫理学入門』をアップデートした感じだという評判を聞いて購入したもの。
https://honto.jp/netstore/pd-book_30125517.html
死刑制度や安楽死、喫煙といったおなじみの命題に並んで、第6章では「ベジタリアニズム」がとりあげられる。
これを読んでいて、しみじみ肉食の倫理性、合理性って弱いな、と。理で言うと、肉食に拘泥するのは愚かしいというか弱い。
個人的にここで驚いたのがあのテニスのジョコビッチがベジタリアン、それもヴィーガンであるということ。ちなみにヴィーナス・ウィリアムスも。
ベジタリアンは俗に短命であるとか特定の疾病の罹患率が高いとかいう話を聞いたことはあるけれど、間違いなく世界のスポーツ界でも屈指の人気と実力を誇る選手がヴィーガンであるというのはそういったことを吹き飛ばすようなインパクトのある事実だ。
もちろん、身体的パフォーマンスと健康寿命とはベクトルの違う話ではあろうけれど、もやしっ子的ベジタリアンイメージを吹き飛ばす破壊力が(少なくとも僕に対しては)ある。
また、畜産業における家畜の処遇については、ドキュメンタリー映画「いのちの食べかた」等でなかなかエグい現実を知っているつもりではあったけれど、現実の有り様を字面で読むと厳しいものがありますね。そして、動物愛護的観点から一定の規制が設けられている欧州に対し、まったくの規制なしで効率重視に尽きる日本の畜産業のギャップというのもなかなかキツいなと。気になる人は「妊娠ストール」とかで検索してみよう。これらの帰結がわれわれの毎日の食卓であることはベジタリアンになるならざるにかかわらず自覚しておくべきことだろう。
そして何もまして畜産の効率の悪さ。ご存知のように家畜の飼料は人間の食料とも競合しうるわけで、シンガーによると肉食は草食の10倍以上の間接的植物の破壊に責を負うという(だから、植物も同様に尊重すべしという主張とも矛盾しない)。また家畜を育てる際に生じる二酸化炭素やメタンガスも無視できるものではない(地球温暖化の原因は牛のゲップだ説は有名だろう)。この辺は冒頭のコオロギくんにも通じるものがある。
とはいえ、いきなりベジタリアンに移行するのはおろか、率直に言って肉食を当分諦める気にもなりません。今の心情は、焼肉はあまり食べたくはないかな~だけど、しゃぶしゃぶは食べたい気もするって感じ。
きっと、現代における喫煙者のようにベジタリアンが主流派となった若い世代から後ろ指さされながらも、ひっそりと街の端にある肉屋跡地の交換所で銀色の玉と引き換えるかなにかして豚肉かなにかを手に入れて、生姜焼きにして食べているんだと思う。
ひょっとすると、その豚肉と思って食べているものはとっくの昔に大豆由来の代用肉にすり替えられているのだけれど、半分くらいボケているのでそのことに気づけていないんだ。いや、きっと本当はそのことに気づいているんだけれども、それに気づかない振りをしてやっぱり豚の生姜焼きが一番だよとか嘯いているんだ。
そんな未来を幻視した。
一足飛びに草食にはいけそうにないので、相対的に環境負荷(および倫理的問題)が小さいコオロギあたりからならしていくというのもひとつの方向性としてありなのではないだろうか。