急がばしゃがめ

コンクリートジャングルで合成樹脂のささやきに耳を澄ませては目を回す。人文系だけど高分子材料でご飯食べてます。。SF読んだり、ボードゲームに遊ばれたり。一児の父。

月村了衛『奈落に踊れ』と『暗鬼夜行』ー”現実に追い抜かれた”後のピカレスクロマン

ここ数日で一気に月村了衛先生の新刊2冊を一気に読んだ。

4月にも6月にも新刊が出て、さらにミステリ・マガジンで機龍警察白骨街道を連載中というのはファンとしてはありがたい限り。

 

『奈落に踊れ』

あの「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」を題材とした”変人”大蔵官僚が省内の腐敗に挑むピカレスクロマン。

月村小説では定番ともいえるダーティーなヒーローが知略悪略を尽くして宿敵に挑む。

本作の主人公は大蔵省の緊縮路線を打倒せんとする自身の信念、大義のためなら悪をもなさんというのはこれまでの月村作品の主人公では意外といなかったタイプなのでは。

それにしても、ラストの展開にはここで落ちをつけてくるか…というか不意にフィクションの世界が現実に直結してくる衝撃に震えました。これはすごい。

 

『暗鬼夜行』

小説家志望だった中学国語教師が自身の教え子の読書感想文の盗作疑惑事件に巻き込まれ…盗作を告発するグループLINEへの投稿を契機に疑心暗鬼の輪が生徒・教師・保護者・政治家とさまざま広がっていく。

小説家としての夢に挫折した主人公の鬱屈しながらも傲慢さを捨てきれない心情が「山月記」の授業で描写されたり、文学作品を用いた主人公をはじめとした登場人物の人物・心情描写が巧みだな、と。

 

 

この2作を読んで思うことには最近の月村作品の傾向、特に昭和史ものでもすでにその色はありましたが、現代の政治腐敗に対する強い憤慨。この2作ではそれがこれまでになく色濃く表出している。

僕もこの問題意識は月村先生と同じくするものでありますが、SNSやブログなどではなく小説家として作品で示そうという先生の強い意志を感じます。

よくSFでは、時代に追いつかれる/追い抜かれたという物言いをしますが、月村先生もそのようなことを指して、刊行当初「至近未来小説」と銘打っていた機龍警察も途中からそのような呼び方をせずに現代小説としているというような発言があったかと思います。

SFでは主にテクノロジー面で、機龍警察の場合はそこに加えて国際情勢を指してそのようなことになるわけですが、月村先生が最近取り組んでいる昭和史やさらにより時代が進んでいる本2作においてはそこに国内政治の腐敗、悪の俗物性が大きくかかわってくるわけで。特に現代日本ではにわかには信じがたいというかまともに取り繕うとする気すらない低俗な悪が露見し、この社会を蹂躙してしまっている(そして、そこに対して民主の大多数が異を唱えない)。

月村作品の悪党たちが仕掛けるような巧妙な悪ではなく、あまりに浅薄で戦略性のない悪の有り様がこんなにも明らかになった昨今に説得力のあるピカレスク小説を成立させるのは非常な苦労を伴うことだろう。

それにもかかわらず毎回痺れるような、打ち震えるような読書体験を提供してくれる月村先生への尊敬を禁じえない。

 

そして、これは本2作に限らないことだけれど、月村作品の特徴としては徹底してカタルシスを拒絶する点だということ。そのことが得も言われぬ読後感、重々しいものをドサッと胸のうちに置き去りにしていく。だからこそクセになって読み続けるわけだけれどその意味を改めて受け止めるべきときがきているようにも思う。

しかしまあこの"アンチカタルシス"、”敗北主義”みたいなものこそが月村了衛月村了衛たらしめている、のかどうかはデビュー作にして最も有名である機龍警察の完結を待たなければ論じられないように思う。

 

にしても月村作品の登場人物はことごとく激務をこなす。この激務に次ぐ激務の描写、その先で主人公らが成し遂げるという展開はドラマチックであり、正直読んでいても盛り上がるものではあるのだけれど、たまには「がんばらない」人物が事をなす月村小説もみてみたい気がする。