急がばしゃがめ

コンクリートジャングルで合成樹脂のささやきに耳を澄ませては目を回す。人文系だけど高分子材料でご飯食べてます。。SF読んだり、ボードゲームに遊ばれたり。一児の父。

"警察小説"というジャンル 「隠蔽捜査」と「新宿鮫」

1番好きな小説はなんですか?と問われれば「機龍警察」シリーズです、とノータイムで答える僕ですが、あくまでもSF好きの流れで機龍警察と出会い、そこから月村了衛という作家にどっぷりハマっていったものの、「警察小説」というジャンルには特に意識したことはなかった(機龍警察は紛れもない名作なので未読の方はぜひ)。

 

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先日、月村先生目当てで聞いたポッドキャスト(以下リンク)で「警察小説」というジャンルを取り上げていた。横山秀夫以降一大ジャンル化して云々という話がとても興味深かった。

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そこでエポックメイキング的な作品として取り上げられていたのが「新宿鮫」であり、「隠蔽捜査」であった。

いずれも警察官僚いわゆる"キャリア"の警察官を主人公に据えている。しかしながら、「新宿鮫」は現代的な警察組織において、主役たるハードボイルドなイケオジ警察官が単独で重大事件の捜査を行うことを合理的に説明するための虚構として「わけありキャリア」であるという設定が用いられている感が強い。

正直ストーリー展開は特に1作目は暴力団や犯罪者との荒事を描くこと、主人公・鮫島のハードボイルドな生き様を描くための舞台装置という感が強く、言うほどか?と思って2作目に行く前に隠蔽捜査シリーズに手を出してしまったけれど、2作目以降は台湾の犯罪組織、殺し屋、刑事が絡んできて新宿という街を舞台にしながらもにわかにスケールが大きくなりおもしろくなってきた。現在3作目まで読了。この先も楽しみ。

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対して、「隠蔽捜査」シリーズは真正面から警察官僚としてのキャリアを描いている。

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隠蔽捜査においては主人公の竜崎のキャラクター造形が絶妙で、世間のイメージする権力志向、杓子定規、居丈高な人物と見せかけて、警察・官僚組織の建前である「国民のため」の精神に真摯に奉じた本音と建前が一致するオモテウラのない人物として描かれる。そんな彼が硬直した警察・官僚組織の中にあって、正論を貫き通すことで苦境を打開し、<悪>(それは犯罪者であったり、自己の保身や栄達のために謀略を張り巡らせるものであったり)ををとっちめていく、というかなり王道的な勧善懲悪的な物語になっている(2作目以降は所轄の警察署長というキャリアに似つかわしくない立場となるため、さながら普段は正体を隠し、その出自が明らかになることで侮っていた相手がひれ伏すという水戸黄門的な痛快さもある)。

 

隠蔽捜査シリーズは警察小説の文脈が映像作品として広く流布したあとだからこそそれを逆手に取った構造になっている。官僚をこれほどまでにカッコよく描くことに成功した小説ないしフィクションが他にあるだろうか。僕もこれを(分別のない)学生の時分に読んでいれば警察官僚を目指してしまっていたかもしれない、と読後の爽快感・高揚感の中でしみじみ思った次第。

(しかしながら、近年の官僚は過去にも増して「国民のため」ではなく、「国家」ないし、政権のために働いているとしか思えない体たらく。まともな感覚があればつまみ出されるか心を病むかのどちらかしかなないだろう)

こちらは文庫化されている8作目+短編集2作まで読了。正直、3作目『疑心』あたりは中年おじさんが部下の女性に一方的な恋愛感情を募らせるという、どうしてこんなものを読まされているのだろうかというところも多々あるけれど、フィクションとしては十分おもしろく、ファンが多いのは頷ける。

そしてなによりも、この現在も続編が続く警察小説の2大シリーズを読むことで、これらの先行作をふまえた機龍警察の革新性、凄み、そして緻密さというのがますます味わい深く感じられた。

いずれにしても、これまで意識的に読む本というのを制限してきたところがあるけれど、せっかく読む量も速度も伸びてきたことですし、過去作含め名作とされるものはあれこれ掘り起こしていってもいいのかな、と。